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東京地方裁判所 昭和32年(ヨ)4046号 決定

申請人 羽井佐宸 外三名

被申請人 東都交通株式会社

主文

申請人らが被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮りに定める。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一  当事者の求める裁判

申請人ら代理人は「被申請人が申請人らに対し昭和三二年六月二九日なした解雇の意思表示の効力はそれぞれ仮りにこれを停止する、申請費用は被申請人の負担とする」との裁判を求め、被申請人代理人は申請却下の裁判を求めた。

第二  当事者双方の主張及び提出に係る疎明資料によつて一応認められる事実関係並びにこれに基く当裁判所の判断の要旨は次のとおりである。

一  申請人らが被申請会社(もとあさか交通株式会社と称したが昭和三三年三月二五日現在の商号に変更した。以下会社という。)の従業員であつたこと、会社の代表取締役木原保が昭和三二年六月二九日申請人らに対し解雇の意思表示をなしたこと、右解雇の意思表示をなした当時会社は商法の整理手続中で塚本重頼がその管理人に選任されていたことは当事者間に争がない。

二  代表取締役木原保の権限について、

申請人らは代表取締役木原保に右解雇の意思表示をなす権限がないと主張するけれども、同人は管理人塚本重頼から従業員の雇傭解雇について委任をうけており、本件解雇の意思表示も管理人の代理人としてこれをなしたものと認められるから、申請人らの右主張は理由がない。

三  本件解雇の意思表示が不当労働行為か否かについて、

(一)  先ず申請人らの組合結成運動について考察する。

(1) 会社は昭和二八年夏頃から経営不振となり同年一一月末整理開始決定をうけたが、その当時労働組合は賃上等を要求してストライキを行い経営は益々悪化した。翌二九年八月現社長を迎えるや組合もこれに協力して会社の再建を図り同年末組合を解散すると共にあらたに会社の全従業員の親睦団体として睦会の結成を見るに至つた(後に社長がその会長となる)。しかし、昭和三二年初頃から一部従業員の間に幹部の御用的性格を批判するものもあり、申請人らも幹部の態度に不満を抱いていたところ、同年六月二一日従業員に支給された賞与の額が他のタクシー会社に比較して少いということが直接の動機となつて、申請人野口、同荒井、同後藤、同羽井佐及び申請外山川一郎らが睦会では交渉権がないから交渉権のある労働組合を作る外はないと話し合い、他の気心の知れた従業員をも誘つてこれらの人々と共に発起人となつて組合を結成しようと相談し、その運動を展開するようになつた。

即ち、同月二三日夜、申請人らの外、山川、吉田、高山、鈴木鉄臣ら一〇数名が三輪の喫茶店に集合して従業員の賛成署名を集めること、二〇数名位の署名が集つたら二六日を目標に組合結成大会を開くこと、当日は結成趣意書を会社に提出する一方従業員に呼びかけて大会に集つて貰うこと等を相談した後、組合結成趣意書を添付した署名簿二通を作成し、参集した者が署名した後、申請人荒井、同羽井佐、同後藤、鈴木、山川らが二班に分れて署名を集めるために運動を始め、結局五三名の署名を得た。

その後会社内の情況により二八日に結成大会を開く予定で従業員に呼びかける一方、申請人野口が労働組合の上部団体である関東旅客自動車労働組合同盟の指導応援を求め、また会社内で結成大会を開くことができない場合には労政会館において大会を開くべく右会館を借用する等の準備をなしたが、二六日頃から会社側が従業員に対して申請人らの右運動に賛同しないよう働きかけたことと睦会の幹部が右運動に積極的に反対して署名撤回の署名運動をしたこと等のために従業員の協力を得ることができず、結局二八日にも二九日にも結成大会を開くことができなかつたので、申請人らは組合結成を断念するに至つた。

(2) 会社は申請人らの右連動は睦会幹部の排斥運動であつて組合結成運動であることを知らなかつた旨主張する。

申請人らが右のように組合結成運動を始めるに至つたのは、睦会そのもののあり方及び睦会幹部の態度に対する不満が嵩じて、会社と対等の交渉権を持つ労働組合を結成する目的をもつていたのであるから、これに賛成の署名を集める際に睦会の幹部に対する不満を述べたであろうけれども、その運動が単に睦会の幹部に対する反対にのみ止るものでないことは署名を勧誘された者の容易に知り得たところであり、また睦会幹部のうち組合結成に賛成して署名をした者もいるのであるし、睦会は会社の職制を含む全員加入の組織であるのに照し、会社側は申請人らの組合結成運動を察知していたものと推認するに難くない。それのみならず、同月二六日申請人荒井、同羽井佐及び山川の三名は組合結成を会社に伝えるため、同日朝午前七時過頃出勤した社長に面会し、山川が組合結成趣意書を示し、自分達が代表として来た旨を述べ、趣意書を手渡したところ、社長はこれを一瞥して三名の名前を聞くや「こんなものには用がない。お前たちに会社をがたがたさせない」と憤然と云つて趣意書を返したことが認められる。右認定に反する疎明は信用し難い。

してみれば会社が申請人荒井、同羽井佐らの結成運動を知らなかつたということはできない。

(3) 会社側は同月二五日申請人らが前記のような署名運動を行つて組合を結成しようとしていることを知つたので、従業員が組合に参加するのを阻止すべく、二六日朝社長は従業員の勤務交替時である九時頃及び一〇時頃の二回に従業員に対し「今組合を作ろうとしている者があるがろくな連中ではない。会社に入つたばかりの連中に会社をがたがたさせない。連中は私利私慾のために動いているからその運動に賛同しないよう」との趣旨の訓辞を行つた。

以上の事実によれば、会社は申請人らの組合結成運動を嫌悪していたことを認めるに難くない。

(二)  次に申請人らが解雇されるに至つた経緯を考察する。

右社長の訓辞の直後会社内において睦会の幹部と申請人野口、同荒井との間に紛争があつたが、その際申請人荒井が上半身裸になつて「切るなら切れ」等と云つて暴れたことやその直後野口、荒井が会社内で飲酒し、野口が酩酊して寝てしまつたこと等を会社側が聞き或は現認し、また同日睦会が申請人野口、同荒井、同羽井佐及び山川一郎の四名を睦会から除名したことなどがあつたので、会社は同日前記署名運動の主謀者であると認めた右四名をいわゆる懲戒解雇すべく決意し、翌二七日王子労働基準監督署に右四名について労働基準法第二〇条第一項但書に該当する旨の認定を申請する一方同日右四名を下車勤にした。しかしその後山川一郎、鈴木鉄臣の両名が会社に対して自己の非を詫び、山川は申請人らの運動から脱落したので、山川を解雇しないことにすると共に申請人後藤が前記運動の主謀者であることも判明し、なお労働基準監督署の前記申請に対する認定が調査を必要とするため早急にはなされ得ないことを知つたので、同月二九日予告手当を提供して申請人ら四名を解雇することに方針を改め、同日申請人ら四名にして解雇の意思表示をなしたことが認められる。

(三)  会社は申請人らを解雇したのは次の理由によるものである。即ち、

(イ) 申請人らの勤務成績が不良であること、

(ロ) 申請人野口が帝都自動車交通株式会社の従業員であると主張して裁判所で争つていながら会社に在職していること(従業員懲戒規程第一五条第一号の「会社の承認を得ないで在職のまゝ他に職就したとき」に該当する)、

(ハ) 申請人後藤が昭和三二年五月二七日メーターを不正操作して金一四〇円を横領したこと(同条第二号の「会社の或は会社の保管している金品を横領窃取したとき」に該当する)、

(ニ) 申請人らが会社に入社する以前即ち他の会社に在職中いわゆるエントツ等の不正行為をしたことを秘匿して会社に入社したこと及び申請人野口、同羽井佐が入社に際し経歴を詐称したこと(同条第一〇号の「重要な経歴を詐りその他不正な方法を用いて採用されたことが判明したとき」に該当する)、

(ホ) 申請人らが勤務中の運転手をつかまえて(自らも勤務中)会社の内紛を計り署名をとつた(又はそのような行為をさせた)行為その他六月二三日頃以降の睦会幹部排斥運動により作業を妨害したこと(同条第一四号の「業務上他人に対し暴行脅迫を加え又は業務を妨害して職務の遂行を不能にしたとき或は故意に作業能率を低下し若くは阻害しようとしたとき」に該当する)、

(ヘ) 申請人らの六月二三日頃以降の行為により職場の秩序を乱し、会社に損害を与えたこと、特に六月二六日における申請人野口、同荒井の行為は甚だしく職場の秩序を乱したこと(同条第一五号の「正当の理由なしに職務上の指示命令に従わず職場の秩序を乱し或は就業時間中就業しないことにより会社に損害を与えたとき」に該当する)、

(ト) 申請人野口、同荒井が六月二六日会社内で飲酒し、酩酊したこと(同条第二五号の「会社内で許可なく飲酒し又は酩酊して会社に出入する等風紀紊乱の行為があつたとき」に該当する)、

以上の理由によつて申請人らを解雇したのであつて、組合結成を理由とするものではないと主張するのでこの点について検討する。

(イ)について、申請人らが企業から排除されても止むを得ない程勤務成績が不良であるとの疎明はない。

(ロ)について、その主張の事由は従業員懲戒規定第一五条第一号に該当するとはいえない。

(ハ)について、この事件は既に始末書によつて落着している事件である。

(ニ)の点については、重要な経歴を詐つたというに足りない。

以上の解雇理由は解雇の妥当性を首肯できないばかりでなく、会社の主張するところによれば、会社が申請人らを解雇する直接の理由は前記(ホ)(ヘ)(ト)のように申請人らが主謀者となつて前記のような運動をなし職場の秩序を乱し会社の収入を減少せしめたということであつて、他の(イ)ないし(ニ)は申請人らを解雇するについて情状として考慮され、或は附随的に解雇理由として附加されたものにすぎない。

而して(ホ)の点については申請人らが会社の内紛を計画したことを認むる疎明はなく、署名をとるためにその従業員の稼動が妨げられたとしても、不当に長時間とかその他会社の秩序が特に乱されたことの疎明のない本件においては署名のための就労不労は、従業員懲戒規程第一五条第一四号に該当し解雇に値するものというに足りない。

(ヘ)について、会社は申請人らの六月二三日以降の前記運動のために二四日に一四名、二五日に一六名、二六日に一六名の欠勤者が出、また営業収入が会社の予想より二四日に七二、〇一〇円、二五日に七二、七八〇円、二六日に三五、五一〇円、二七日に四九、二三〇円、二八日に四四、二九〇円、二九日に五二、二八〇円減少したというのであるけれども、会社の予想収入高が適正であつたか否かは疑わしいのみならず申請人らが前記の如き運動をなしたために右の如く欠勤者が出たこと或は収入が減少したことを認めるに足る疎明はない。仮りに申請人らの前記運動に関連して欠勤した者があり、また多少会社の収入が減少したとしても申請人が前述のように労働組合を結成しようとして運動をなしたところ、たまたま右運動に反対する従業員との間に相反目する状態を生じた結果的のものであつて、申請人らに従業員の作業を妨害して職場の秩序を乱す目的や会社に損害を与える目的があつたわけではなく、会社においても申請人らが右のような作業妨害の目的や会社に損害を与える目的で前記のような運動をなしたものとは考えていないところであるから、他の従業員の欠勤による収入減を申請人らに帰責させるに足りないというべきである。なお六月二六日の睦会幹部との紛争は組織に関する従業員間の意見の相違によるものであつて解雇に値する程職場秩序が乱されたと認めるに足りない。

(ト)について、申請人野口、同荒井が六月二六日会社内で飲酒し、野口が酩酊して寝てしまつたことは前に認定したとおりであるけれども、同日は右両名と共に他の従業員も飲酒しているのに同人らには何らの処置もなされていないこと、右飲酒事件に関係のない申請人後藤、同羽井佐も申請人野口、同荒井と共に前記署名運動を主謀した者として解雇されていることを併せ考えれば、右の如く飲酒酩酊したことが本件解雇の決定的理由になつたものとは考えられない。

(四)  以上のように会社が申請人らの組合結成運動を嫌悪していたことと前記(二)のような本件解雇をなすに至つた経緯及び会社の主張する(イ)ないし(ヘ)の解雇理由には妥当性がなく、(ト)の解雇理由も本件解雇の決定的理由とは認められないことを綜合すれば、申請人らに対する本件解雇の意思表示は申請人らが労働組合を結成しようとしたことがその決定的理由であると認めるのを相当とする。

してみれば本件解雇の意思表示は不当労働行為であつて労働関係の公序に反し無効というべく、従つて申請人らは従業員たる地位を保有するものというべきである。

四  解雇の承認について

被申請人は、申請人らは昭和三二年七月六日解雇を承認し、争う権利を抛棄したと主張する。

申請人らが七月六日王子労働基準監督署において常務取締役石田肇から解雇予告手当としてそれぞれ金員を受領したけれども、申請人らは退職することを承認して右金員を受領したものではないから、未だ右事実によつて申請人らが解雇を承認し争う権利を抛棄したものとは認められない。

五  仮処分の必要性について、

申請人らの如き賃金労働者が会社の従業員たる地位を有するにも拘らず、解雇されたものとして取扱われることは申請人らにとつて著しい損害であるといわなければならない。

尤も申請人野口、同羽井佐が現在ジヤパンキヤリエージ株式会社に運転手として勤務していることが疎明されるけれども、申請人らは会社の従業員たる地位を有するにも拘らず会社が従業員として取扱わないので、生計を維持するために就職したものであろうし、何時この職を失い生活が不安定になるかも知れないのであるから、右の一事によつて直ちに仮処分の必要性がないということはできない。

六  よつて右損害を避けるため主文第一項の仮処分をなすを相当と認め、申請費用は被申請人に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 伊藤和男)

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